短刀:兼虎(花押)山浦系・新々刀(明治)/ 特別保存刀剣

短刀:兼虎(花押)山浦系・新々刀(明治)/ 特別保存刀剣
001
銘文
表:兼虎(花押)
裏:明治二年三月日

種別:短刀
長さ:五寸二分半 (15.9cm)
反り: – cm
目釘穴:1個
登録記号番号 北海道 第35513 号
平成4年5月15日 交付

・寸法
先幅: – cm
元幅:1.9cm
元重:0.55cm
重量:85g

・附属
白鞘
鑑定書(日本美術刀剣保存協会) 特別保存刀剣 平成27年7月14日

・特徴(形状)
地鉄:小板目詰み無地風、地沸付く、地の奥深く柾目がある
刃文:湾たれ、互の目交じり、砂流し入る
帽子:突き上げて先小丸に返る
棟: 庵棟
茎:生茎
ハバキ:銀一重ハバキ
彫:なし
他:

・説明
兼虎は新々刀でもっとも有名な最上作の一人「清麿」の兄、山浦真雄の長男である。
年表
1825 文政八年九月四日 出生、幼名は秀作。
1835 (11歳)小諸藩剣術師範「直心影流中山道場」入門
1844 弘化元年 (20歳)江戸で直心影流の橘氏に学ぶ
1846 弘化三年 (隼太之助)と名乗る
1847 弘化四年八月(23歳)江戸より帰国し父に入門。源信雄と銘号。その後、出府する
1849 嘉永二年正月(25歳)江戸、源清麿に同居し作刀指導を受ける
同年 12月 上田に返る
1852 嘉永五年二月(28歳)上鍛治町、花岡茂右衛門妹ますと結婚。短刀「信州住行宗・嘉永五年八月日」を製作している
1853 嘉永六年(29歳)上田に留まり鍛刀を続ける「兼平」と改銘
1855 安政二年(31歳)剣豪島田虎之助の一字を採り「兼虎」と改銘
1859 安政六年(35歳)松代藩工となる
1861 文久元年(37歳)若殿「豊松」の脇差を造る
1862 文久二年(38歳)このころから父、父、真雄と合作銘が現われる
1863 文久三年(39歳)自身の指料「信陽松代士兼虎・文久三年八月日」旧県宝を製作
1868 明治元年(44歳)戊辰戦争北征の役で数ヶ月間感謝状を頂戴する(従軍せず)
1871 明治四年(47歳)父の隠居で家督相続を許可される
1874 明治七年(50歳)最終作親子合作短刀(小鳥丸造)「寿長時七十一歳・源朝臣兼虎」
以後槌を取らず



1895 明治二十八年(71歳)逝去

兼虎45歳の作品。名工の家系に育ち、山浦真雄(父)の長男で清麿にも指導を受けた。
廃刀令によりやむなく製作を断念したので作品が少なく製作時期としては45歳、円熟期といえる。その後の作品には大きな期待した愛刀家が多かったのでは無いのかと思うと誠に残念です。小振りの短刀、懐剣になると思います。平造、長さのわりには身幅、元重があり出来が良い。ご検討下さい。
販売価格(委託品)\1.200.000 (税込)
kanetora