脇指 : 葵紋 以南蛮鉄於武州江戸・越前康継(二代)寛永頃(新刀・上作 良業物 )

脇指 : 葵紋 以南蛮鉄於武州江戸・越前康継(二代)寛永頃(新刀・上作 良業物 ) / 白鞘 / 特別保存(委託品)

登録証
種別 : わきざし
神奈川県 第 75287 号
平成17年9月15日 交付

銘文、
表、葵紋 以南蛮鉄於武州江戸
裏、越前康継

長さ、 54.5cm
反り、1.6cm
目釘孔、1個

寸法:(全て約)
先幅、2.34cm
元幅、2.96cm
元重、0.65cm
ハバキ、銀地一重ハバキ

鑑定書:特別保存刀剣

特徴:
体配、元、先幅あり重ね厚く、反りは腰から深めに付き姿が堂々としている。
地鉄、板目良く詰む、地沸付く、肌立つ。
刃文、湾たれ刃文を広く大きく焼く。沸、葉がよく付く、砂流し、金筋入る。
帽子、中切先で一枚風、湾たれて返る。

説明:
康継二代・・・
寛永ー武蔵、神田紺屋町住、下坂市之丞(しもさかいちのじょういちのじょう)幕命で元和九年より江戸に住した。正保三年二月十五日没。
初代より徳川将軍家の抱え工で名高い。晩年は号を康悦。
寛永五年から正保二年までの作品がある。「越前康継」「越前康継以南蛮鉄於武州江戸作之」
「越前国康継」「於武州江戸越前康継」「康継入道於武州江戸作之」などの銘がある。

御紋康継一門
初代・・・下坂市左衛門。美濃赤坂千手院で近江国志賀郡西坂本に住した下坂市之亟広長の子。父に学び、諸国を巡り修業をした。文禄年間に肥後大掾を受領し、肥後大掾下坂と銘している。
慶長五年に越前福井城主の結城秀康の抱え工となる。慶長十一年には徳川幕府の御用鍛冶となり家康公より一字を賜り康継と改める。葵紋を切る事を許された。
尾張の熱田神宮に奉納したとされる平造の脇指に「両御所様被召於武州御剣作御紋康之被下罷上刻籠越前康継」と銘文より、世間では「御紋康継」「葵下坂」と呼ばれるようになったようだ。彫物も多く越前紀内一門の見事な作品がある。
また、大阪城落城(1615)の際、焼身となった名物(刀剣)を康継の指示で再生している。
中には名物、粟田口吉光(一期一振)、親子藤四郎、木下正宗、海老名宗近・・・
1621(元和九年、没、68才)、大和伝や相州伝を得意とした。

二代・・・本作
後代・・・連綿と十二代目、明治期まで続いた。
名高い康継の二代目です。ご検討ください。

販売価格¥700.000-(委託品)