短刀 : 豊永行秀 ・ 新々刀 最上作

短刀 : 豊永行秀(左行秀)新々刀・最上作 / 白鞘 / 特別保存 / 150万


登録証:
種別、あいくち(短刀)
長さ、21.5cm
反り、なし
目釘孔、1個

銘文、豊永行秀
表、なし

平成20年1月16日 再交付(昭和47年11月07日交付)
高知県 第21567号

寸法:約
元幅、2.36cm
元重、0.6cm
総重量、142g(ハバキなし)
地鉄、小板目詰む。肌立ち潤む、地景が細かく繊細、鉄色、青みがかかり、冴え明るい
刃文、湾たれ互の目は調子をゆったりした大模様で葉、湯走、荒沸の粒は刃境から刃方にかけ大粒から細かく流れ金筋入る。

帽子、フクラ付く先詰まる感じ、沸えて先尖り掃き掛け

茎、生茎 少し間隔の幅ある同工得意の筋違。目釘孔大き目、棟寄りに銘がある
ハバキ、素赤地、金着一重ハバキ
さや、白鞘
鑑定書、特別保存刀剣(平成二十二年三月十九日)日本刀剣美術刀剣保存協会
(高知県教育委員会 第21567号 昭和47年11月7日 旧登録書指定日・交付日)


特徴:
体配、平造、三つ棟、元重あり、重ね厚く、幕末に多くみられる先詰まりフクラ付く姿。
沸粒が斑のないバランスで刃境の匂口深い、頭より谷へ、地鉄側から刃方へ大⇒小の沸粒が焼かれ小粒は丸い結晶状が微塵にあるので見事です。飽きません。

説明:
豊永久兵衛、号は東虎。
筑前国上座郡朝倉星丸で生まれ、伊藤盛重の次男、新々刀、最上作。
銘文は豊永行秀、筑州住左行秀、左文字三拾九代孫筑州住左行秀於土佐国造之、左行秀(花押)、左行秀造之、土佐藩工左行秀、於江戸左行秀造之、於東都左行秀造之、於江戸府左行秀造之、豊永東虎行秀など。

経歴
天保の初め江戸の細川正義門の清水久義に学ぶ。
 土佐藩工、岡田勝広と親交があり紹介で土佐藩の御用を勤める。
岡田氏が亡くなると同年、安政二年十月に土佐藩工に昇格した(43歳)。
この頃、既に土佐、江戸を往復するほどの人気があり多くの注文があった。
土佐藩主、十五代目の山内容堂を初め、土佐勤王党、坂本直方(坂本竜馬、兄)など。

 作品は師、久義に似た作品が多く初期は備前、小丁子乱れが見られ、中期以降は相州伝で長寸な刀が多く、反り深く、重ね厚く、切先延び、荒沸付く、広直刃や湾たれ、などを焼いた豪壮な作品が残されている。補足すると慶応元年頃が最盛期で傑出だといわれコレクターには垂涎の作品一時期と考えられている。志津風の作品などは人気が高い。
明治維新以降の作品は殆ど見られない。明治二十年三月五日没(75歳)、横浜で急逝。

史跡(現在ないものもあります)
・お墓は大阪市天王子区生玉町、齢延寺。(多分あり)
・土佐国長岡郡五台山村吸江109番地には屋敷、淬刃に使っていた水場。(現在なし)

・左行秀邸跡(現在はない)、高知市上町2丁目(高知市立第四小学校の付近)

・左行秀鍛錬場跡(東京)、あり
 江東区北砂1丁目の江東区スポーツ会館近くに鍛錬場跡の石標柱と説明板が建っています。

感想
 著名刀工が名を連ねる幕末。左行秀は最上作にランクされています。
探している方が常にいる刀工の作品だと思います。短刀の製作が何故か少ない事でも有名です。左文字の末裔(三九代)と称し、「大・左」相州伝を追及した作品が素晴らしい。
古名刀に敬意を払い若き日の旺盛な強い意志を反映した豪放な一作だと思います。
希望販売価格 150万(税込・委託品)